土とホコリと排気ガスとクラクション。

にぎやかすぎる喧騒の中に、色鮮やかなサリーと様々な食材。



そして、人はみな笑顔。


ストール屋さんの隣には、刀研ぎのお店。

様々なことがmixされて、ばらばらなようで、ひとつのようで。


もっともっと知りたくなってしまいました。

あなたも気になった街へ、いい旅してください!


今回、旅の前に読んだ書籍は
「インド旅行記1.2.3」 中谷美紀
「深夜特急3」 沢木耕太郎
「インド人の頭ん中」 冬野花
「ガンジス河でバタフライ」 たかのてるこ

旅の後に読んだのは
「シッダールタ」 ヘルマン・ヘッセ
「デリー勤務を命ず」 繁田奈歩
でした。



旅の終わりも近づき、カレーがそろそろ恋しく。



ここではターリー(定食)を。



北インドのカレーといえばこのターリー(定食)。

数種類のおかずが盛られ、といってもおかずは全部カレー。
豆カレー、野菜カレー、チキンカレー、キーマカレー、ポテト炒め etc.

ライスとチャパーティー(基本のパン)、ナン、、、、



美味しかったですね、これは。




こちらは水の宮殿。

靄の中、うっすら見えました。

別名レイク・パレス=湖の宮殿
これも涼しく過ごすために、建てられたもの。

この先、レストランとして経営される予定もあるようですよ。


ここも観光客が多く来るので、
ストーリト露店が開かれています。

続いて・・・・

マハラジャの宇宙への好奇心が作った世界遺産ジャンタル・マンタル。
オブジェのように見えるのはすべて天文観測儀。



280年以上たった今でも、占星術が盛んなインドでは現役で使われています。



日時計の目盛もすごい。

16基ある観測儀は1901年に修復されたもの。
太陽や月、星の観測をすることで、暦を作り、雨季の到来はいつか、
洪水はくるか、収穫はいつすればいいか、など行ったそうです。

先人の知恵には脱帽。






ジャイプールから保靴へ11km。
丘の上の巨大なお城、アンベール城。

川の対岸からはこう見えます。
まるで万里の長城。

このジープで上まであがります。



象にのって行くこともできるそうですよ。私は見ただけでしたが。



威信をかけて建てられただけあって内装がとっても美しい。



涼しく過ごす工夫が至る所に。



黄色いサリーを来た方は、チップ目当てにおそうじ?
ゴミもなく、きれいなんですよね。。。



幾何学的な模様がほんとにすてきです。
ガネーシャ神も。



日光が出来るだけ入らないような工夫もあって・・・



これだけのジープに乗って、観光客が押し寄せてます。




デリーから南西へ266km、ラジャスターン州の州都 ジャイプール。

ここの旧市街は7つの門をもつ城壁に囲まれています。
宮殿や古い街並みが昔のまま。



この街のシンボル、風の宮殿。



この建物は薄っぺらいです。奥行きがあまりありません。
というのも、
かつて宮廷の女性たちがここから街を見下ろしました。
彫刻が施されたテラスがびっしり。

名前の由来は、窓からテラスに通り抜ける風の音が聞こえるということから
だそう。
小窓が953個もあるんですって。

なぜわざわざこのような場所が必要なのか。
王妃や宮殿の女官たちは夫以外の男性に顔を見せることができないため。

この宮殿も門も赤砂岩でできているため
このジャイプールの別名はピンク・シティなんです。よ。



インドといえばバックパッカーのイメージが強いかもしれませんが
最近は、かつてのマハラジャの別荘だった宮殿ホテルへの宿泊が人気。

ちゃっかり、これは目的のひとつとしてジャイプールで宿泊してきました。

ちょうど結婚式が行われていて、お庭が凄いことに。



インドでの結婚は、お見合いが8割、恋愛2割。
田舎に行けば、ほぼお見合いだそう。
カースト制度は廃止されましたが、
お相手はやはりカーストが同じではいけないなど大変。
一緒になりたくてもなれないカップルも多いとか。
なので、逆に、恋愛と結婚は別、といった付き合い方が主流のようです。

この宴のカップルは10代でした。
初婚年齢もとても早いです。



さすがかつてのMAHARAJAの別荘。






この車も現役。お客様が乗って来てました。。。

そして、お部屋は・・・



このホテルはお湯も出るし、お水もちゃんと透明だし、しっかりしていました。
お部屋によって、テーマカラーも違うようです。

バスタブ・便器はTOTO、トイレットペーパーはクリネックス。
なんだか日本を感じて嬉しくなり。。。

ただ、宴が午前4時まであったので、爆音と話声が凄かった。
インド人はパーティー好き。


ここでの食事はブッフェでしたが、カレー以外も豊富でした。




寒い朝、門番さんと記念撮影。






続いては、チャンド・バーオリー。
19.5m、13階の階段井戸です。

井戸の大きさにびっくり。



一般人にも開放し、ここで洗濯なども行っていたそう。
水不足と暑さへの対策のひとつなんです。

インド国内からも多く観光に来ています。
サリーが鮮やか。



そして、外はいつもの喧騒。
トラック、、、、ずいぶんと人が。。。
でも衣装は色鮮やかなんですよね。



ガイドのライさんがピーナッツを買ってくれました。
殻に入っているので、おなかにも大丈夫。
香ばしくて美味しかったですよ。




この日のお昼は中華。
中華料理はどの国に行ってもあるのがすごい。
そして、日本人にはちょっと嬉しいかも。



続いては、世界遺産 ファティープル・シークリー。
ムガル帝国第3代皇帝アクバルの幻の都です。

1571年にこの地に遷都したんですが
水不足と猛暑に悩まされ、14年で廃墟となりました。

その水と暑さの対策が至る所にあり、驚きました。

壁がなく、風通しがいい造り。



展望と涼、どちらも可能にする建造物。



広場の床には、チェスの盤面が描かれています。
なんと、女性を駒に見立てて、王が上から眺めながら遊ぶため。
そんな施設でもあります。



ここの建物のすごいところは
宗教の枠を超えて、融和をはかるために造られていること。
イスラーム様式のアーチやドームを多様せず
木造建築に見られるような木組みを石で表現し
ヒンドゥーや仏教の石窟寺院のように造りました。
宗教融和策、この時代から重要だったんですね。

一歩街へでれば、
このような建物と同じ技術をもつお店がずらり。



都市ではなく田舎の雰囲気は、街並みや行き交う人から感じます。



3人乗り、いけないんですけどね。。。
ヘルメットもかぶらなきゃなんですけどね。。。。
にこにこしながら、手を振ってくれました。



ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが妃のために建てた
霊廟タージ・マハル。

旅をするとき、いつも思います。
それが出来た理由、経緯がわかれば、そのものの価値が上がって
本当の良さを感じられるのでは、と。

ではこのタージ・マハルができた背景を。

昔々、インドには300年続いたムガール王朝5代目の王であるシャー・ジャハーンという
王様がいました。王様は、3代目が城壁を築き、4代目、つまり王様の父が宮殿を建てたという、アグラ城に住んでいました。
シャー・ジャハーンはお見合いで2人の妻をめとりましたが、そのどちらも愛してはいませんでした。

ある日、アグラ城の宮殿内では、王族の為の市場が開かれていて、
そこでは宝石などが売られていました。その市場を通りかかった王様が、
ペルシャから物を売りに来た女性ムム・ターズに一目惚れ。
お見合い結婚が常識だった当時、2人が逢瀬を重ねることは国中の噂に。
しかし王様はお構いなし。2年後にはムム・ターズを3番目の妃として迎え入れたのです。

王様はいつでもムム・ターズをそばに置き、外交で旅に出かける時も
、戦場に赴く時も伴ったそう。仲睦まじい2人は19年間の結婚生活で
14人もの子宝に恵まれました。しかし14人目の出産後すぐにムム・ターズは病に倒れ、
永遠の眠りについてしまいました。

賢いムム・ターズは病に倒れたのち、王様と2つの約束をしました。
1つは再婚をしない事。2つ目はアグラ城から見えるヤムナー川のほとりに
タージ・マハルのような霊廟を建造する事。

ムム・ターズを失った後、王様はその約束どおり、タージ・マハルの建造に
すべての国力と情熱を傾けることとなるのです。
近隣諸国から優秀な建築家や技術者たちを呼び集め、お隣ラジャスターン州からは、
インド随一の白い大理石を運ばせました。
ほかにも、オニキス、コールネリア、サンゴ、ラピスラズリといった宝石を
他の国から運ばせ、2万人を動員して、22年もの歳月をかけ、
いたるところに象嵌細工を施した美しい白亜のドームが完成したのは1653年。

王様は妃の眠るその建物を直接眺めるよりも、
敷地内に張り巡らされた運河と池に映りこみ揺れるタージ・マハルを好んだそうです。

・・・では、行きましょうか。 


この車に乗って、近くまで行きます。


見えてきました!
正門の奥に白いタージ・マハル。


正門も、赤砂岩への装飾がすばらしいです。


そして、見えたのが、タージ・マハル。


このポーズでの写真撮影はお約束だそうで、、、


晴れてよかった、この色合い。
もっと濃い青空だときっともっと美しいのでしょう。


中は、土足禁止です。
靴の上にカバーをかけるか、靴を脱いで入るかしなければいけません。



白い大理石への装飾はすべて本物の宝石。








シャー・ジャハーンは水面に映る姿をより一層好んだそうですよね。
こんなふうに見えたんでしょうか。


正門から延びる水路へ映る姿もすてきです。


やはり、ここでも撮影が。絵になりますもんね。





ヤムナー河岸にそびえるアグラ城。
ムガル帝国第3代皇帝アクバルがアグラを都として定めた際に
建てたお城です。
1566年のこと。

堀を渡って、アマル・スィン門から入ります。



透かし彫りがこの時点で素敵。

日本のお城と同じく、攻められないような工夫があります。
入ってすぐのこの坂。
敵が攻めてきたとき、正面から石が転がり落ちてくるんです。
そして、高い壁の上からは水攻め。



上りきれば見えてくるのが、ジャハーンギール宮殿。

時の流れで朽ちているところも。
順次修復作業がなされています。



こちらは、ディーワーネ・アーム。一般謁見の間。王座です。
広い広場全体に声が響き渡るように設計されています。
この時代にすごい技術です。

そして、更に奥に進むと・・・見えてきたのが白い大理石でできた
ディーワーネ・カース。貴賓謁見の間。



色とりどりの宝石で模様が描かれています。







シャー・ジャハーンが幽閉されていたのがこのアグラ城。
ここから、妃の墓であるタージ・マハルを眺めていたんだそう。



(タージ・マハルの背景については次の頁で。)


でも一歩外へ出ると、この喧騒。
これがインド。




カジュラホからバスで6時間。
ジャンシーという街へ。



1人だとちょっと怖いかも。。。
ここからインドの列車、初体験です。



駅は意外に明るくて、きれい。



ホームはちょっとごみごみ?



こんな列車に乗ります。
この車両は等級が高くないようなので、窓にガラスがない。。。。



予想外のきれいさでびっくりです。



赤い服の方々はポーターさん。
どんな荷物も運んでくれます。

ホームには本屋さん。お客さんが買ってるのは見なかった。



えーっと、線路上に、わかりますか?
牛さんです。

インドの列車は遅れる、と言われますが
始発はちゃんと出発するんです。
でも途中でこのように牛さんが歩いていると、
牛さんが線路上からいなくなるのを待つんです。
だから遅れるんですね。意味が分かると、理解もできるようなできないような・・・

19:05出発のはずが、20:25に出発です。2時間遅れ。

私が乗ったのは外国人が多く利用する2等車。
日本の新幹線まではいきませんが、なかなかの座り心地です。



そして、次々と配られるものが・・・
まずは水。なんとこの大きさ!
そして、右の黄色いのはレモン水。



続いて軽食。

そして、カレー2種。
夕食を食べてから乗ったので、んー、おなかいっぱい。
ガイドさんはむしゃむしゃ食べてました。



そして、アグラ駅に到着です。タージ・マハルのある街。
降りたら、荷物をポーターさんが運んでくれます。



さあ、明日はいよいよタージ・マハルへ!



カジュラホといえば、、、1986年に登録された世界遺産、カジュラホの建造物群。
エロティックな彫刻で有名です。

西群の寺院が特に有名。
寺院群にたどり着く前に、沐浴池があります。



これが世界遺産。





これは、顔が象、体がヒトの「ガネッサ」という神様。


ヒンドゥー寺院の外壁を埋める天女像やミトゥナ像は大胆。

ミトゥナ像というのは、抱き合う男女の像です。
ガイドさんによると、人口を増やすためにこれらの像を教科書にして
国民に勉強させるためなんだとか。
ここまでのことは、どのガイドブックにも掲載がなかったので
結構驚きでした。

インドの青空と太陽の下では、エロチシズムのイメージは吹き飛ぶかも。


カジュラホと検索すれば、沢山の情報が出てきます。
彫刻としてはR指定になりそうなものも多くあるので、ここではこのくらいで。。。




寺院に行く前の道中には露店が・・・



理髪店もストリート上で。




街中に入ると大渋滞。インドらしい。。。

これがインドで最もポピュラーなビール「KINGFISHER」
ちょっと薄い感じで甘みがありましたよ☆



これは中華レストランにて。



ベナレスから空路カジュラホへ。

カジュラホ空港はさらにコンパクト。
そして、南下した分、気温も上昇。



ホテルについて、まずは食事。
ビュッフェですが、カレー味のものが多いのです。。。



お部屋にいくと、あら、可愛い。
インドらしいおもてなしですかね?
check-outの時、お返しにタオルでなにか作ろうかと思って
tryしてみましたが、何も作れませんでした。。。技を持っていればよかった。。。



ホテルのエントランスで、記念写真。



撮ってくれたのは、こちらの門番さん。
とっても照れながら一緒に撮ってくれました。

都会から離れれば離れるほど、人懐っこさがあって
旅前の印象とまるで違うのです、、、








ガンジス河の沐浴見学の帰り、
通りでは牛乳屋さんが牛乳売ってました。
写真のとおり、絵本に出てきそうな容器で。



こちらは、ロバに砂を運ばせてます。



なんだか原始的な生活。便利すぎる日本での生活はどうなんだろうかと
疑問を投げかけているようでした。
便利すぎるのもどうかと思うし、不便は不便でいやだし。
ほどほどの便利さの中で生活する方がいいのかもしれません。

と考えつつも・・・朝食、豪華ですよね。。。



バターがたっぷりのチャパティー。



学校帰りの生徒さんにも遭遇。
立派な制服。すべて国からの支給です。



携帯つかってます。。。。



ガンガーの沐浴で、毎回このような朝日が見られるとは
限らないそうです。
ラッキー。
しかも、川岸側には、満月も見えていました。



あまりに幻想的で、大感動。

物売りも船でやってきます。
絵葉書とかろうそくとか置物とか、いろいろ。



ずーっと見ていて飽きない景色でした。



川岸に朝日があたると、建物の色がより一層鮮やかに。



船の船頭さん。
足元は裸足にビーチサンダル。
私はダウンコートなのに。。。



朝焼けのガンガーもすてきでした。



岸に戻ると、いかにも といった僧侶のみなさま。



ヒンドゥー教は卍



ちょっと目を合わせるのは正直怖かったです。



ガンガー、感動をありがとう。



街に戻れば、市場も開いてました。



そして、この行列は配給を待つ人たち。
政府がストリートで暮らす人のために配給をしているそうです。
物乞いを仕事とする者もここで配給をもらうこともあるようです。
なんだかな。



様々な街の表情に考えさせられますね。




まだ夜が明けていません。
夜明けとともに沐浴するのがよいそうで・・・
多くの方が沐浴準備するのを横目に
船に乗り込みました。


出航。
川岸の灯りがより幻想的な雰囲気を作っています。



礼拝が行われていた場所。川からはこんなふうに見えました。









お土産物も船で売りに来ます。



川岸には、かつて王様が住んでいた建物も。
今後はホテルとして営業される可能性もあるそうです。



私はダウンコートを着ていても寒く、
風が非常に冷たかったのに、
多くの方が沐浴されていました。



そして、このガンガーは洗濯場でもあります。



女性は着替えのお部屋も用意されているんですって。



こちらは皆さんでヨガ中。
夜明けとともやるヨガが心身ともにリラックスできて、よさそう。

だんだん空が明るくなってきて、より幻想的に。



朝日が見えました。



お供えのお皿。葉っぱで出来ています。実は非常にエコ。
汚いと思った部分がほぼなかったガンガー。



皆が幸せになりますように。想いを託して、ガンガーへ。






いよいよガンガーへの沐浴を見学。

この日、早朝ホテルを出て、まだ外が暗い中出発です。

前日、礼拝見学で訪れたここ。多くの方でにぎわっていたのに
この時間はさすがに静か。



ちょっと空気も澄んでいるような・・・

途中、朝のチャイをいただきます。
ガイドのライさんのおごりで!



やかんから、素焼きの器に入れてくれます。
スパイスが効いて、美味。甘さもちょどよくて。

この器は1回限りで廃棄となります。
ガイドブックには、「飲み終えたら地面にたたきつけるように割ってすてる」
とあったのですが、ここはちゃんとゴミも整理されてました。
んー、予想と違い、案外きれいなんですよね。。。。



ストリートでは、持ち寄りの品でお店も開かれています。

ガンガーに流すお供えの花・・・



こちらは、木の枝。
これはニームの枝で、歯ブラシに使います。
この枝をそのまま口に入れて、歯をごしごし。
みなさん歩きながら使ってました。
私はやる勇気、ありませんでした。

ほかにも、沐浴後、ガンガーの水を持ちかえるためのタンクや



ろうそくなどのお供えに使うものなど。

前日礼拝でにぎわっていたガンガー沿いにまで来ました。



ここで、このお姉さんから私もお供えを購入。10ルピー=20円



お花とろうそくが1皿にのっています。

いよいよ出航です。








各国出かけるとチェックしたいマクドナルド。

このお味を確かめることはできなかったんですが
こんなバーガーです。
でもちょっと違うバーガーです。
宗教上、ベジタリアンが多いので
ハンバーグ部分は、ベジタリアンはPotatoで出来たもの、
ノンベジはチキンで出来たものとなっています。

名前もすてき「MAHARAJA MAC」




でも本来のMAHARAJAの意味は・・・
MAHA 偉大なる
RAJA 王
なんですよ。



インドの母なる大河ガンガーの岸辺にはガートがあります。
ガートとは、岸辺から階段になって河水に没している堤のこと。
84ものガートがあります。

この階段を下りると、ガンガー。
これで人が少ない方だそう。



見えました。

ここは岸辺のほぼ中心に位置するガート「ダシャーシュワメード・ガート」
もっとも多くの巡礼者がやってくる場所だそうです。



現在見られるガートの光景は、ムガール帝国が弱体化して
ヒンドゥー教徒であるバラナシの王が実権を握った18世紀になってからのものだそう。



われわれ観光客は写真撮影などで忙しいですが
礼拝ですので、神聖な時間なんです。

ドラと太鼓が鳴り響き、無数のろうそくの火に照らされ、幻想的。



お供え物?牛の落し物です。
−−−−もちろん周囲は香ってます。



神聖な空気感が辺りに漂ってました。



帰り道、辺りは暗くなり
来た時以上ににぎやかな商店が多くありました。



徒歩の後は、サイクルリキシャ―で。
さっきのおじさんに乗せてもらい・・・



共和国記念日が近いため、国旗を売るお店が出ています。





ベナレスという、デリーから約750km西の街。

いよいよガンジス河へ向かいます。

ガンジスというのは英語名。
「ガンガー」の方が聖なる河にふさわしいかもしれません。
河そのものが神格化された女神としてあがめられています。

ガンガーなしには語れないこの街、バラナシ。
3000年以上の歴史をもつヒンドゥー教 最大の聖地です。

道が細いため、バスでは近くまでしか入れないので
バスを降りて、サイクルリクシャーに乗り換えます。

運転、いや、漕いでくれたのはこのおじさん。



細い身体なのに、2人も後ろにのせて、走ってくれました。



写真からは伝わりませんけど、、、
クラクションと排気ガスと牛の落し物と
いろいろな音と香りが全身をつつみこんで、相当すごい状況。

ガイドのライさんと同乗した私は笑顔を作っていますが
足元は落ちないように踏ん張っています。


前の車に当たりそう、横から入ってくる自転車が、その間を人が横断、

インドでは地方に行くと信号もなく、常にクラクションが鳴り続けます。
歩行者がいてもお構いなし、車とバイクが突っ込んできます。

牛が道路を横断すれば、道を牛に譲ります。

インド文化を感じられますが、この喧騒は、かなりな衝撃でした。

クラクションが鳴りっぱなしって、けっこう疲れるもんですね。

さあ、ここからは徒歩で。


ごみごみした感じが、予想通りのインドです。

そして、牛さんたち。
ということは落し物に気をつけねばです。



道の両脇には、色鮮やかなサリーを売る店なども。



先日、インドのムンバイで日本の新幹線が採用されたニュースがありましたよね。
安部総理もその際、ここを訪れ、ガンガーでの礼拝(プージャー)をご覧になったようです。
その看板もしっかりとありました。








バラナシを出て北東へ約10km。


前王覚山で苦行し、ブッダ・ガヤーで悟りを得たブッダは、
当時多くの宗教者が集まっていたバラナシを目指しました。
そして、市郊外の鹿野苑(今のサールナート)に着いた後
かつてともに修行していた5人と出会い、自分の悟った真理を
初めて語りました。
ここで初めて”ことば”になった教えは、その後世界へと広まったんです。

やはり、このストーリーを知ってから見ると、まったく見え方が違いました。
敷地内に入る前には、露店がいっぱい。



敷地内に入ると、街のざわめきを離れ、大きな並木が影を落とす道を進むと、
芝生が広がる中に、大きな仏塔(ストゥーパ)や寺院の建物が
見えてきます。



近づくと、この彫刻がまたすごい。



今もこの周りをまわって礼拝する修行者の姿を見ることができます。



ちょうどチベット仏教の僧侶たちが行列で来ていました。
なにかの催しがはじまったのですが、、、、




ここには、さまざまな地域から僧侶が修行などの行事で訪れるそうです。

外の露店で見つけたのは・・・梅屋さん。
右の緑のが梅です。左は・・・・忘れたぁ・・・





ダメーク・ストゥーパの近くにある「ムルガンダ・クティー寺院」



中に入ると、壁いっぱいに、ブッダの生涯を描いた壁画があります。
なんと、これ、日本人が描いたもの!
戦前 日本人画家 野生司香雪さんが仕上げた作品です。



天井もすてきです。



一歩外へ出ると、喧騒。
露店には美味しそうなものがいっぱい。

これは小麦粉を水で練って油で揚げてふくらませたもの
「プーリー」
これはどの街でも売ってました。



そしてフルーツ屋さん。意外と種類が豊富です。





インド3日目。

国内線でデリーからバラナシへ。

インドの国内線は時間変更が頻繁に起こるそうなんですが
この日は珍しくそこまで変更なく出発。

Jet Airwaysで。


機内食はもちろんカレー。
豆カレーの上に、サモサ。
じゃがいもやひき肉などをスパイスで味付けて、それを具にして
皮で包んで油で揚げたもの。 美味しかったですよ。

デリーから、ヒンドゥー教最大の聖地ベナレスへ。
ガンジス川の沐浴をしに、インド全土からみながやってくる場所です。

デリーに比べると、街の規模もcountry感が出てきます。


インドに来る前想像していたインドが広がります。

到着後、まずはホテルのビュッフェで腹ごしらえ。
ここは中華もけっこうありました。

ラッシーとカレーと中華。


ベナレスから、ブッダが初めて説法をしたところサールナートへ。
仏教徒にとって重要な聖地なんです。

街中はこんな感じ。


すごいバイクの量です。
車よりもバイクやオートリキシャが大活躍しているみたい。


インドって感じです。

そして、牛さんも。
これは飼われている牛さん。乳牛だったり、水牛だったり。


こんな光景をみながら、向かったのは・・・
「サルナート考古学博物館」

入場には厳しい規制があり
財布とパスポートと水しか持って入れず・・・



中には・・・

この博物館で最古のものは、
紀元前317年ごろの作品「柱頭四頭獅子像」。
四方を向いた4党の獅子には”世界中に仏教が広がるように”
という願いがこめられているんだとか。
この像はインド政府の国章にもなっています。

ほかにも見事な彫刻がいっぱいでした。



この日の夜はターリー。定食のこと。
数種類のおかずが盛られ、お米やチャパティーといった主食も
ついています。
おかず、っていっても、全部カレーですけどね。

上は、タンドリーチキン、チーズの天ぷら(パコーラー)、
じゃがいものコロッケみたいなもの、つくねのようなもの。

下は、カレーのオンパレード。
左から、豆カレー、キーマカレー、野菜カレー、チキンカレー。
 キーマカレーがめちゃめちゃ辛かった!



レストランの入り口には彼が鎮座。



デザートはあまーいあまーい。というのも丸いドーナツをシロップ漬けしたものです。
辛い後には、甘いもの!!にしても甘すぎる。完食できず。

そして、下は、食後のスパイスと砂糖の塊。
スパイスは口の中がめちゃくちゃさわやかすぎる状態になってスースーする。
砂糖はもちろん甘いし。
すべて極端です〜。







デリーで泊まったホテルにDISCOがありました。
女性一人で行くのはどうかなと迷いながら、
早い時間なら大丈夫かなと・・・・思って・・・・覗くことに。

念のため持ってきていた唯一のワンピースをきて
スーツケースの中でぺたんこになっちゃっていたサンダルを引っ張り出して。



さすがに21時openなので、21:30に行っても人はまばら。
その分安心感はありました。

ここまでアルコールは絶っていたんですが、さすがにカクテルをオーダー。
あまり見慣れない名前のものを頼んだら・・・



んーーーー、失敗した。

この後、続々とインドの男性ばかりがどかどかどかどかと入ってきたので
恐れをなして帰りました。
女性がだれもいないんだから。。。

流れる曲は80'sもあれば、アレクサンドラ・スタン、Lady GaGaなども。

このホテルの門番はこちらの方。



寒くて、新潟と同じ格好の私。
それでも寒かった。



夜の街は・・・やはり一人で歩かない方がよいよ。





ニューデリーの南郊外にある世界遺産 クトゥブ・ミナール。
ミナールとはモスクの尖塔(ミナレット)のこと。

インド最初のイスラム王朝であるスルタンのクトゥブッディーンの
名前がその由来。

下の3層は赤砂岩で、上の2層は大理石と砂岩で造られています。



その周囲にもたくさんの建築群。
その細かい彫の装飾に大感動。



実はこんなに見学者がいました。
インド国内からの修学旅行生も多くて。



南インドからの修学旅行生。15歳だって。
私たち日本人がとても珍しいそうで、
写真をとって!とたくさんの学生さんたちから言われました。
芸能人気分、モテモテ気分を味わえますよ。

なので、逆に写真をとらせてもらいましたよ。





なかなかおしゃれなレストラン。
中には日本人が多かったです。
キレイなところが選ばれているんでしょうかねぇ?



名物のタンドリー。
タンドリーとは窯のこと。
肉などの食材をヨーグルトやスパイスに浸して味をつけて、
タンドリーという土窯で焼いたもの。

スパイスがしみ込んで美味しい。



そして、こちらはラッシー。
お水が怖いので氷抜きでオーダー。
ヨーグルトからつくられるこれは、インドらしい飲み物のひとつ。
生野菜やカットフルーツを食べないようにしていたため
おなかによい菌を入れたくて、毎食ラッシー飲んでました。



お店によって、色も味も違うので、なかなか飲み比べもいいですよ。

そして、メインはカレー!
左から
チキンカレー、野菜カレー、ホウレンソウカレー、豆カレー、ライス。



一番辛いのはチキンカレー。
一番私の口にあったのは豆カレー。
野菜カレーは案外辛い。
そして、ホウレンソウカレーはホウレンソウの味がものすごい!
ニンニクとそのほかのスパイスも効いていてなかなか美味です。

同じカレーなのに、こうも味が違うとは?!
驚きです。





いろいろ考えさせられる光景もあります。

信号が赤になり、交差点でバスが止まった時の出来事。

 

母親と思われる女性と、子供2人が車に近づきます。

母の手元には太鼓が。

子供はそのリズムに合わせてダンスをします。

 

これは大道芸ではありません。

この音楽とダンスで物乞いをしているんです。


ちょうど私が訪れた時は共和国記念日が近いということもあり

国旗を売る人たちが車に寄ってきます。



さきほどダンスを踊っていた子供はくりくりした目をバスに乗る我々に

向けてきます。

 

でもガイドさんの説明はこうです。

 

 

インドではカースト制度が廃止されたけれど、まだ残っています。

カーストが低い人たちも学校に行けるように政府はしました。

国営の学校に何もかも無料で通うことができるんです。

しかし、この親たちは子供を学校に行かせません。

それは、一緒に物乞いという仕事をする方が家庭に入る収入が増えるからです。

この子供たちが大人になった時、学校に通っていないために

出来ないことが多くなり、また自分たちの子供たちに物乞いをさせることに

なるんです。負の連鎖なんです。

 

 

14歳以下は働かせてはいけないという法律もあるけれど

やはりこのような光景はなくならないそうです。

 

この場合は、大道芸的なものですが

目をふせたくなるような物乞いもありました。

 


考えさせられました。



次に向かったのは。ムガール帝国第2代皇帝フマユーンのお墓。
フマユマーンTomb

長い1本道を通り、奥のTombへ。



1本道にはガジュマルの木、アショカの木、ムユウ樹が並んでいます。

ムガール帝国時代一番最初に建てられたのがこのフマユーンTomb。
実は、タージ・マハルのモデル。
だからちょっと似てるでしょ。

大きく違うのは、白ではなく赤であること。
壁面には赤砂岩と白大理石が使われています。
上のドームは全て白大理石。



階段はちょっと急です。



見上げると、天井の装飾もすてき。



中では、撮影も行われていました。
赤いサリーが官能的。



ほんとに装飾が素晴らしく・・・



2階バルコニーでも撮影が。
モデルの女性は赤いサリーを着ていることが多いようです。



バルコニーからの眺め。



立ち去りがたく・・・・振り返るとまたこの美しさ。



一歩外へ出ると、人と車と、人力車のクラクション・・・喧騒が。




デリーのホテルでビュッフェの朝食をいただき、早速・・・お出かけ。




まずはヒンドゥー教の寺院へ。
インドでは国民の8割がヒンドゥー教徒。

1938年にインドの財閥ビルラー財団が建てられたと言われている寺院
ラクシュミーナラヤン寺院へ。




中は土禁。
靴下の状態で観光です。

中の写真は撮ってはいけないので、中の紹介ができません。
ヒンドゥー教の神様がたくさん出てきました。

創造神「ブラフマー」、維持神「ヴィシュヌ神」、破壊神「シヴァ」が3大神。
それぞれの奥様も出てきました。
ヒンドゥー教を知る上で、インドの遺跡を見る中で、非常に重要です。
この存在の意味がわかっていればより観光が楽しくなるはず。





道中の様子は・・・



案外、街の中きれいでしょ。予想と違った。



1月にいただいた冬休みで、インドへ2Rhythmしてきました。
独自のカルチャーがある国。
期待と不安を胸に いざ出発。



初めて乗ったAir India

機内食から、想像どおりカレーの登場です。
チキンカレーと野菜カレー。
カットフルーツ、生野菜、水は避けた方がよいと聞いていましたが
日本発便なので、野菜もフルーツもたいらげて。



デリーに到着前、軽食が出てきました。
あら?カレーじゃない。
いえいえ、パンの中にはカレーでした。



いきなりカレーの洗礼を受けています。

しかし、さすが中央アジア。
窓の外の風景も違います。

遠くに見えるのは・・・・エベレスト!



機長のアナウンスで、エベレストの存在を知った乗客はみな
機体の右側へ・・・
みんなが動くと、飛行機がかたむくんじゃないかと不安になりながらも
私も右側へ。

いやー、感動。
ちょうど機内で、エベレストが題材の映画があり、、、
そのストーリーでは事故が起きるので、なんか複雑。。。

夜遅くに到着したので・・・そのまま夕食。

ふふふ、やはりカレー。