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今日は気持ちのいいお天気!
朝から洗濯して、太陽いっぱい浴びて、、、

あんちゃんが制作してたので、チョコを差し入れ!
これで、脳ミソフル回転だねぇ〜


復興商店街その2「きぼうのかね商店街」がこちら。



様々なジャンルの商店が並んでいて、建物がログハウスのような感じなので
優しいイメージ。



そして、至る所にポスターが!

これ、震災後復興の力になればと、ボランティアでプロのデザイナーが
デザインしてくれ、印刷してくれ・・・
この商店街だけでなく、女川中のお店で撮影されています。
そのお店のスタッフ自体が被写体になっているんです。
なかなかいい写真がいっぱいで!いい」コピーがいっぱいで!



デザイン人気投票もやっていたので、ちゃっかり投票してきましたよ。

女川駅の海側には、震災でこわれた交番が残されています。
これが立て看板。



これを見ると、言葉を失います。



ほかの場所はすべてのがれきが撤去され、
新しい街に生まれ変わるために工事が始まっているだけに
ほかとの時間の流れが違うようで。



女川駅近くには、4年前と同じ状態の場所も。
この高い場所は水面の下になったそう。



この上まで水がきたそうです。
下の写真の左に映っている建物は病院。


この高台の上にある病院建物も
1階は水で浸かったそうです。


この高台に逃げた人たちは、この海を見ながら、
津波がこないように見ながら 居たそうです。
ところが、津波は後ろからやってきてしまったそう。
前日の夜、居酒屋でうかがった話です。


今は穏やかな海なのに。。。



女川で1泊したのですが、
「エルファロ」っていうトレーラーハウス。

FM HEADLINEの前に「クロノス」という番組を放送しているのですが
中西さんが紹介していたところ。
震災を乗り越え、全壊した旅館3つが一緒になって経営しているそうなのです。
とってもかわいい感じ!



中もこんなに広々。



ほかにもロフトがついたお部屋とかもあるので、おすすめです★

そして、夕飯は、復興商店街の居酒屋へ。
この日、空いてるお店が少なかったようで、私たちがすべり込んだ後
たくさんのお客様に、ごめんなさいしてました。

居酒屋「かぐら」 下の写真の右。



座って出てきた付だしがこれ!ムール貝ですっけ?大きい!



そして、今が旬のホヤ。
本当に新鮮なものしか生では食べないというホヤ刺し。
初体験でしたが、食べられました。
なかなか食べにくい食材だそうで・・・


ちょっと大きさが伝わらないのですが、これは金華サバ。
30cmはあったかなぁ。
女川沖でとれたという金華サバ。脂がのってて美味☆



そして、女川名物 クジラの竜田揚げ。



いずれもボリュームがすごくて、女子2人では食べきれず・・・・。
なんでも女川ではメガ盛りが普通なんだそうです。

なので、ラーメン屋さんでラーメンとチャーハンなんて頼んだ日には
えらいことになるそうです。
半ラーメンと半チャーハンにしてください。それでも多いそうですからっ!

カウンター席だったので、お店の女将さんやお隣のお客さん(役場の方でした)と
いろいろお話しながら3時間くらい滞在してたかなぁ。

震災のときの写真も見せてくれて、さまざまな出来事を話してくれました。
生き残ったのは紙一重。
たくさんの偶然が重なったって。

4年たって人間は怠けてしまうなぁって。
当時は森の中に着の身着のまま逃げ込み、1週間 流れ着いたさんまだけを
焼いて食べていたら、やせたし、便通もよくなった、とか、
(笑い話にしてしまうところがすごいです)
直後は自分たちしか生き残ってないと本当に思っていた、とか、
電柱で一晩過ごした、とか。

語り継ぐことが大事 とも。

このお店は地元でも憩いの場になっているようです。
もうすぐ女川駅前にできる新しい建物に移って、オープンするとか。
ちょっと工事が遅れているみたいですけど、新店でも地元の人たちに愛されるお店を
続けてほしいです。




ここが女川駅。
完成したばかりでとっても素敵な建物。

女川駅開通のときには多くのマスコミでも取り上げられていたので
目にした方も多いのでは。



目の前には海です。
震災当時より、海からの距離は遠く、しかも土台も高くしてあります。



建物の1階に切符売り場があって、すぐそばにホーム。



なんと駅舎の中にあるのが、日帰り入浴施設「ゆぽっぽ」。しかも温泉。
すてきなデザインのこじゃれた待合。



日本画家の千住博さんが描かれたタイル画。
ただの絵ではなく、木々の枝にお花が咲いているのですが
女川の子供たちが咲かせた花が散りばめられている。
すてきでした。



震災を乗り越えた温泉で、これからの未来、たくさんの人を癒してくれるわけです。

駅から山の方を見ると、震災のモニュメントが見えます。
私は初めて訪れたので、この風景が4年前とどう違うのかはわかりませんが、
でも何かを感じました。

いいお湯でしたよ☆





昨日のFM HEADLINEでもちょこっとお話しましたが
先週末、東北へ旅してきました!

新幹線で大宮経由仙台に入って、まずは牛タンを食べて・・・
なんでも分厚い良い方の牛タン。ランチなのに2,000円☆
やわらかくておいしかったです。




仙台からレンタカーで女川へ。
女川の名物はさんま!

帰りに石巻で海鮮丼を食べて、
仙台で牛タンライスバーガーを買って帰り夕飯に。


宮城を食べつくした感じ!

石巻では、石ノ森章太郎記念館にもお邪魔〜!



宇宙船のような建物にびっくり!
仮面ライダーに子供たちはおおはしゃぎ*

私はロボコン世代。。。

左上の写真は、建物からにょきっと出てくるカラクリ時計なんです。

川の中州に建っているこの記念館。
この辺りは電線まで水没したそうです。
まだまだ復興には時間がかかりそうですが
街の人たちが笑顔で迎えてくれたのが印象的でした。




ラストは京都御所。

日本建築の素晴らしさに感動した旅でした。。。



やっぱり旅はいいなぁ。


毎週(水)14:09頃からFIGUEROAの中でお届けしている「2Rhythm」
こちらの是非お聴きください〜☆



豆餅のお店の近くにある「下賀茂神社」

あの境内にマンション建設を計画しているとニュースになった神社です。

鳥居をくぐった途端、ぐっと空気が変わった気がします。
雨の後の緑がまた良い感じ。



この日は流鏑馬神事があるということですが、時間があわず。。
その前にもイベントがあったようです。
こういう偶然の出会いはなんだか嬉しい。







この日のお昼は・・・京都らしく・・・お漬物の握り寿司。
豆餅やさんの近所です。。。
お漬物の塩気のせいか、お米が甘く感じられました。
寿司酢のバランスがきっといいのでしょうね。




京都のお土産と言えば必ず出てくるのが
出町ふたばの豆餅。

実家の母も大量買いしておりました。

遠くからでもわかる長蛇の列。

スタッフが急いで作業をしているのにもかかわらず
どんどん列は長くなって行く。
購入済のお客様ももちろんどんどん出ているのに。
並ぶ方の方が多いのです。。。



で、食べてみました。
非常にお上品な味で、甘みがほどほど。餡の塩っ気もほどよく。
何個もいけそうな気がします。



お店のすぐそばには「鴨川」
豆餅買って、土手でのんびり食べるのもいいかも☆





川下りの後、復路をトロッコ列車で。

人気の列車で、事前予約したほうが」よいかも。



先程下って来た川沿いを走り・・・癒される景色です。






姫路から京都でぶらり。

初めて保津川下りをしました。
この日はあいにくの雨。
船には雨除けで屋根が・・・。
普段は頭上には青空が広がっています。



なかなかな値段(大人ひとり4,000円)なのですが
川下りの時間は約1時間40分。手漕ぎです。
しかもこの日は向かい風。
人力でそんな時間がかかるなら、それぐらいするよねと納得。

途中には、おでんや甘酒を売る船がやってきて、
しばしのお買いものタイム。



この船頭さん。佐藤健さん主演の映画「るろうに剣心」に出演したとか。
でも首から下のみの出演だそうです(笑)

途中、こいのぼりも元気に泳いでました。ただ、、、雨。。。



(下右)帰りはトロッコ列車で上から川下りの船をパチリ☆
(下左)最後到着は嵐山の渡月橋の少し上流です。

外国人観光客も同船していて、インターナショナルが船の旅。
のんびりゆったりもいいですなぁ。




GW後半、真っ白な姫路城も
プロジェクション・マッピングで彩られました。


生で見れず残念。。。






数々の門・・・
180度方向転換させられる壁、かがまなければ通れない門、
上に櫓がある門・・・などを通り抜け、
ようやくここまでたどり着きました。

備前丸から眺める姫路城。
地上6階地下1階から成っています。


中は土足禁止です。そして板張りなので、靴下をはいておくことをお勧めします。
さらに滑り止めがついているとなおさら◎

木造建築がむき出しなので、建築を勉強されている方と訪れると
いろいろ説明してくれていいのになぁと思いながら・・・
階層が下のフロアでは、鬼瓦などの展示もあります。


格子窓をのぞくと、きれいに白漆喰で改修された屋根が!



こちらは西心柱、東心柱がむき出しで見られるフロア。
急な階段をのぼりながら撮りました。


とっても素敵な釘隠し。
先人のインテリアセンスには脱帽です。
一見ハートに見えるかもしれませんが、これは六葉釘隠し。


この上に上がれば大天守。
なんとも急な階段。ミニスカートでは丸見えになるので
着るものは気を付けないとですよ。
攻めにくいようにこんな急な階段にしたそうな。


この階段を上るのに、待つこと20分ほど。
大天守にいる来場者がおりないことには上がれないのです。
その間、このフロアの大柱を見ていると・・・なにやら文字が!
先人の大工さんが書いたものでしょうか。
ロマンを感じます。


大天守には刑部神社があるんですよ。
姫路城がたつ姫山には「刑部大神」などの神社がありました。
諸説あるようですが、そもそも関ヶ原の合戦の後、新城主となった
池田輝政は城を大規模改修。新天守閣が完成するころに怪異なことが起こり、
輝政も病に臥せたことから、刑部大神のたたりという噂が流れて、池田家が城内に
神社を建立したとか。


大天守から姫路駅を望む!の写真。
真ん中のまっすぐな道路の先が駅です。


屋根には見事な白漆喰。



この角度だとほんと真っ白に見えますね。



お城見学のあとは、お好み焼き!
やっぱ食べなきゃ 新潟に帰れないでしょ!(^^)!
ちなみに「すじ玉」です。
すじって牛のすじ肉のこと。新潟じゃなかなか売ってなくて、
自分で甘辛く煮て、そうめんと一緒に食べたりしてます〜。
おすすめですよ!






能を観た翌日、大天守に登ってみようと、いざ出陣!

整理券をもらわねば、大天守までは行けません。
姫路城を訪れる人ほぼすべての方が大天守まで行くので
必死でゲットした整理券。


目の前には長蛇の列。
姫路城が遠くに見えます。
この道のずーーーーっと先に入場券販売所があり、
販売所まで1時間弱は待ったかなぁ。
うちの父はその時点で脱落。家に帰ると言い残し、去って行きました(笑)



ようやく近づいてもまだこの距離。



菱の門をくぐり、目の前に広がる三国堀の先にあるのが、この石垣。
真ん中あたりに「V」の字に石垣が並んでいるのがわかりますか?
このVの字部分が秀吉が城主だった戦国時代の空堀で
江戸時代になって埋められたそうです。
姫路城は戦国時代の後、戦がなくなった江戸時代も軍事の拠点として
整備されたそうです。



ほかにも見どころとなる石垣が満載です!
それらは姫路城の解説HPで!
http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/enjoy.html

上の写真の白壁。
丸や三角の穴が開いています。

これは、戦の際、鉄砲ややりで敵を倒すために使う穴。

この壁の反対側から子供たちが覗き込んでいます。
内側は大きく、外側(敵がいる方)は小さくなっていて
攻めにくいようにした工夫のひとつ。
先人は凄い。



平成の大改修で、改修されなかった部分はこんな感じ。
草もぼうぼうです。
城内に行くまでに、このような屋根と、真っ白が屋根が混在しています。




内堀の中に入っても、この間、長蛇の列。
並んでいる人の頭の上を撮影しています。

でもこれだけ”へー”というものがあると、時間がつぶれるものです。
ただし、知識がないとだめですが。。。
待ち時間は、スマホ片手に、へーって話を見つけては母に説明し、
見つけては母に説明し、を繰り返してました。

で、次の壁がこれまたすごい!秀吉が築城したものだそうな。



横から見ると、土がむき出し。
白い漆喰が塗られていません。
名前は「油壁」。でも油が使っていないそう。
砂利と赤土粘土などをお米のとぎ汁やおかゆなどと練り合わせ
仮枠の中でたたき締めて築いたそう。かなりの強度があるそうです。
この工法は池田輝政時代より古いため、秀吉時代のものではないかと
言われているそうです。歴史を感じます。




さあ、ここまで来てもまだ城内には入れません。よ。








GWの後半、地元兵庫県姫路市に帰省。

平成の大改修を3月に終えたばかりの姫路城へ行ってきました。

ここは城見台。高校の卒業アルバムにもこの先の石台の上に
みんなで立って集合写真を撮りました。
いい撮影ポイントですよ。



三の丸広場越しに見える姫路城!圧巻!



やはり白く輝いてます。



このお城をバックに、特設ステージで薪能。
夕方からスタートして、まだ明るい中の能。



日も暮れて、ようやく火入れ。
たいまつに火が灯されます。



一転して、夜景をバックに狂言、そして能。
狂言の方がわかりやすくていいですね。
場内も笑いが起きていました。



最後の演目は「正尊」
正尊が義経を討つべく義経邸に攻め入るが
義経勢に迎え討たれ、斬り合いになる、というクライマックス!
能では「切り組」というようですが、なかなか迫力がありました。



能舞台で見るのもいいですが、このお城との一体感は素晴らしい!



この日の日中は真夏日に近い気温でしたが
日没とともに気温が下がり、冷たい風が吹き・・・
お城と能の供宴は冷たい風をも我慢できるものがありました。