こじゃれたカフェで
ひとり茶などを飲んでいました。

隣りのテーブルには20歳前後の
女性2人連れ。
ちょっと聞き耳を立ててみたところ・・・


「このパンとスープおいしい。
 テイクアウトできるんだったら
 会社のお昼、お弁当屋さんじゃなくて
 ここで頼めばいいのに」

「確かに」

「そーいえば
 さっきのスカート、もう少し
 丈が短かったらよかったのにねー」

「わかる」


ほほう。
最近の若者の相槌は
「確かに」と「わかる」なのだな。

完結でありながら
相手を力強く肯定している。

が、
なんかオードリー春日っぽいんだよねぇ。
言い方の問題か?


板前さんなど料理を生業としている方にする
定番の質問があります。

「新潟の食の魅力はなんですか?」


米・酒・海の幸など
素材のよさと豊富さを
みなさんほめてくださいます。


先日ご一緒したシェフは
こう答えました。

「僕は新潟で生まれ育ちました。
 生まれた時から口にしている食材は
 体へのなじみ方が違うんですよね。」


ああ、ガッテン。ガッテン。
米・酒・魚が自慢の土地はほかにもたくさんある。
でも、地場物がこんなにおいしく感じるのは
すでに私の体の一部は“新潟県産”で
作られているからなのね。


だから昨日は
コシヒカリ・やわ肌ねぎ・佐渡産かき・アルフォート・ハッピーターン
食べました。
うまし。


先日、
私の好きな作家さんの
講演会に行ってきました。

お話の中で
心に残った言葉があります。
「事実はひとつだが真実はたくさんある」

ひとつの出来事(=事実)は
見る角度を変えると
さまざま表現(=真実)になる。
というもの。


具体的な例をあげてみましょう。

「関根さんが階段からコケた」
これをひとつの事実とします。

Aさんの真実。
「関根さん、階段からコケて
 かわいそうだわ。痛そうだわ。」

Bさんの真実。
「関根さん、コケてる姿が
 ちょーおもしろいわ。吉本っぽいわ。」

Cさんの真実。
「関根さんが不用意にコケるわけないわ。
 きっと誰かが背中を押して・・・。」

事実はひとつですが
悲劇にも喜劇にもミステリーにもなるってことです。
作家さんの想像力というのは果てがない。


さて、
階段をコケてしまった
当の関根さんの真実といえば
「ああ、はずかしい。。。
 泡となって消えてしまいたい。。。」
と人魚姫の心境。
ある意味メルヘン?ファンタジー?


「ハロウィーンの盛り上がりがいまいち」
と先回書きましたが、
さにあらず。
結構、日本でも盛り上がっていました。


私の周辺でハロウィーンの
過ごし方を聞いたところ

●キッチンにミニカボチャを飾った
●子どもの幼稚園でパーティー
●仮装して街を流す

などの返答をいただきました。


すみません。
日本ではなく
私が盛り上がっていないだけでした。


来年は乗り遅れないよう頑張ります。

まず、カボチャを買ってきてぇ
一口大に切ってぇ
ちょっとの砂糖とおしょうゆで煮てぇ・・・