「わたしね、きっと、歌うために生まれてきたと思うの。」


そう言ったのはマリア・カラスでも
美空ひばりでもありません。

私です。
関根美紀です。


でも歌を誰かに聞かせようとか
生業にしようなどとはいささかも考えていません。

I sing for my self.
アカペラ in my car.  です。

私は車を運転中、
50%歌を歌っており
30%ガムを噛んでおり
20%ガムを噛みながら歌っております。


ある日、信号待ちをしてい時のこと。
(もちろんその時も歌うたい中)
隣りの車線で並んで停車していた車の
パワーウインドウが開き、
中に乗っていた男子児童とその母が
私に拍手を贈りました。

声が聞こえた?
ううん。こちらの窓は閉まっていた。
聞こえるはずがない。

ということは、つまり。

私のソウル(魂)が伝わった?


私は彼らに微笑みながら会釈をし
その場から走りだしました。

わたしね、きっと、歌うために生まれてきたと思うの。


今ちょっとした相撲ブームなんです、私。

というか、相撲中継を見ていると様々な“?”に
遭遇するのが楽しい。


たとえば・・・

1.オリンピックおじさんがほぼ毎日桟敷席にいる。
2.観客が平気で携帯電話で喋ってる。
  または写メしてる。
3.付け人の髪型がムーミン谷に住むミーに見える。
4.解説の北の富士親方と舞の海さんの意見が
  いつも合わない。
5.土俵下できびきび働いている人の背中に
  「なとりの珍味」の文字。


この前美容室に行きましたら、私を担当してくれた
スタッフも大相撲ファンでした。
白鵬と同い年の彼は安美錦のカレンダーを
持っていると言っていました。


私の注目ビトは「稀勢の里 」。
仕切り時間、立ち合いに至るまでの間
秘めた闘志を秘められず、
お顔の色がどんどん赤くなっていく。
その姿に心が騒ぎます。


あと場内アナウンスの人。
「大関・琴欧州。ブルガリア・ベリコタロノボ市出身。
 佐渡ヶ嶽部屋。」
を噛まずに言えるのがうらやましい。


大相撲・初場所が行われています。
12日の3日目には大関・魁皇が
歴代最多となる幕内808勝目を挙げました。


この快挙を伝える新聞記事の一部に
心を奪われました。

「西大関魁皇(37)=本名古賀博之」

魁皇は古賀博之さんなんだっ!

魁皇ではなく“古賀博之さんが大記録をっ!”
と思うとなぜか感慨深い。


男はこの世に生を受けたとき
“博之”という名を与えられた。
人よりちょっと大きめサイズの子どもだった博之少年。
気弱でやさしい気性だったが
力比べでは負けたことがない。
テレビで大相撲をやっていた。
横綱・千代の富士、かっこいいな。
そうだ、ボクもお相撲さんになろう。
博之少年は相撲部屋の門をたたく。
毎日、稽古稽古稽古・・・。
つらくて逃げ出したくなる夜もあった。
涙を流した。でも頑張った。努力した。
そして博之少年は大関まで登りつめ
偉業を成し遂げるのであった・・・。
      (以上、関根の勝手なる妄想ドラマ)


“魁皇が”と四股名で言われると
関取なんだから精進して当たり前と
どっかで感じていた私。
でも“古賀博之さんが”と言われると
大記録を打ち立てるまでどれほどの苦労があり
乗り越えるための強い心を培ってきたのかが
リアルに伝わってくる。

そう本名にはリアルがある。



本名 ドルゴルスレン・ダグワドルジ

四股名は “朝青龍”


すいません。ストーリーが浮かびません。


昨日の番組に
「明日はダンナさまと初ラーメンします!」
とメッセージをくださったあなた、罪な人です。

その後、私の口はラーメン恋しがり
辛抱たまらず行ってしまいましたよ。
背脂たっぷり、チャーシュー盛りもり。
あーおいしかった。



おいしかったといえば、
正月料理に欠かせないもので
いまだに食べ続けているものがあります。

「か・ず・の・こっ。」


あなたいったいどこにいたの?と聞きたくなるぐらい
年末になると豊富に出回る

「か・ず・の・こっ。」


この度も実家から大量にせしめてきました。


一日一「か・ず・の・こっ。」

まだ続いています。
おかげさまで栄養過多のため、
額の右はえぎわのあたりに
「カズノコニキビ」ができてしまいました。
    ↑
 (これはおいしくないので
  あえてカタカナ表記) 

でも前髪でかくれるのでセーフ。
新年「か・ず・の・こっ。」ロードはまだ続きます。


あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

朝起きて
鏡を見ました。
新年自分と初顔合わせ。

右まゆげに寝ぐせがついていました。
まゆげの七三分けです。

きっと
「2010年は目上の方に対し折り目正しく」
という神様からのお告げなのでしょう。

精進します。